実家のお手伝いが終わったその帰り道、の足取りは軽い。





Candy





今でさえ日払いのバイト気分でちょくちょく手伝いに行っているわけだが、
そもそも実家にいたころは毎日手伝っていたし、実家な分変な気兼ねが無くて助かる。

「ふぅ。」

まだ息が白くなるようなこの時期。夜は冷える。
実家に手袋を置いてきた事に気付いたが、どうせまた明日も顔を出すだろうし、
例え行けなくなっても、お兄ちゃんも実家に行くことがある。
遅くなっても2、3日の辛抱だと思えば、軽いもの。

もうすぐマンション、というその角を曲がる所で、

「ちゃん?」

と、聞き慣れた声を耳にした。
振り返れば、間違いなく、それは神城で。

「先輩こんばんわ、こんな時間にどうしたんですか?」

こんな時間と言っても七時だから、男の人にとって遅くは無いのかもしれないが。
の言葉に神城は笑って、の頭を撫でる。
心配性で、放っておけない、可愛い恋人の頭を。

「ちょっとね、急に甘いものが欲しくなって出かけて来たんだ、はい。」

両手出して、と言われるままに広げれば、
の手には透明なビニールにくるまれたガラス玉みたいな丸いキャディが何個かこぼれた。
ビニールには何やらローマ字が刻まれている、外国のキャンディのようだ。

「これ・・・。」

「こういうキャンディ最近見ないからつい買って来ちゃったんだ、ちゃんにもお裾分け。」

「ありがとうございます。さっそく一粒頂きます。」

残りをポケットにしまうと、は薄紫のそれを透明なビニールを剥いで摘み上げる。
口に入れれば、甘く加工された葡萄の味が広がった。
外国のお菓子の甘さや着色には好き嫌いがあるけれど、私は嫌いじゃない。

「こんな時間ってことは実家のお手伝いかな?」

「あ、はい。」

前にも同じような時間に出くわしたことがある。
メールボックスを見に降りてきた神城と偶然正面玄関で会ったのだ。
あの頃はまだまだダイエット中、だったなんて、随分昔の記憶みたい。

「先輩、甘いものが食べたいなんて疲れてるんじゃないんですか?」

また本に集中して、寝不足とか・・・無理はだめですよ?
念を押すようにそう言うと、神城は笑った。

「まったく、ちゃんには敵わないな。気をつけるよ。」

否定しないってことは図星で、でも、神城の趣味を否定したいわけではないから、は黙った。
黙ってキャンディを口の中で転がしていたら、

カリッ。

という音。
つい癖で時々キャンディに歯を立ててしまう、どうやら半分くらいに割れてしまったようだ。
こういう時は大抵、舌を切ってしまう。

「痛・・・。」

「大丈夫?」

「あ、平気ですキャンディ噛んじゃって・・・時々舌切っちゃうんですよね。」

口の中の葡萄と血の微妙な味に顔を顰める。
折角もらったのに、噛んじゃってごめんなさい。
そう呟くの頬に手を添えて神城は唇を重ねた。

「ん・・・ぅ・・・ふ・・・?!」

口を割って進入してくるものに、は一瞬何が起こったかわからず、驚いて固まっていた。
触れ合った舌の感触に、渚はぴくっと肩を震わせる。
神城はそんなことお構い無しでの舌を堪能して、唇を離した。

「・・・かみしろせ、んぱい・・・。」

「消毒も兼ねて、ごちそうさま。返してもらったことになっちゃうのかな?」

「???」

言葉の意味がわからず、抗議するのも忘れて首を傾げる。
それから、ハッとして顔を真っ赤にして俯いた。
先ほどまでの口の中あったキャンディの片割れが居なくなっていた。

やられた・・・って、多分こういう時に使う言葉なんだろうな・・・。

混乱した頭でごちゃごちゃと考えていると、不意に手を取られた。
ギュっと握られる、いつもならの方が少し暖かいのだが、
今日はむしろ、神城の手の方が温かく感じる。

「今日は手袋忘れちゃったの?」

「あ、はい。さっき気付いたんですけど、実家に置いて来ちゃって・・・。」

さっきキャンディを渡してくれた時に気が付いたのだろうか、
神城はそっと、掴んだ手を自分のコートにしまった。

「せ、先輩?」

「この方が、僕もちゃんも暖かいでしょ?」

ね、と念を押されて、そもそも嫌なわけが無いから、は黙って頷いた。

「ちゃんの手袋が戻ってくるまで、一緒にこうやっていようか。」

「・・・それって、明日の朝とか、学校帰りとか、デートとか・・・ですよね?」

「うん、ダメ?」

「そんな、ダメなわけ・・・ないですよ・・・。」

もごもごと、むしろ嬉しいですと呟けば、それを捉えた神城は満面の笑みを浮かべる。

渚は神城のコートのポケットの中にある手をきゅっと握り返した。
自分のそれより一回り大きい手、大好きな神城先輩の手。

「じゃ、約束。」

そう、にっこり微笑む神城。


マンションに着いてエレベーターから先に下りる神城。
エレベーターの窓からが見えなくなるまで、笑顔で見送ってくれる。
こうして別れて、夕御飯を食べてベッドに入って眠れば、
いつものように先輩と一緒に、登校できる朝が来るってわかっていても。
別れるって、凄く切ないことだな、とは思った。



お兄ちゃんが手袋に気付いてくれないといい。
そんな風に思ってしまう程に、ただ、ただ・・・今は先輩が愛しい。





***





口の中で砕けたキャンディの味を噛み締めながら、
は夕御飯と、明日のお弁当の下準備にとりかかる。
部屋のテーブルに転がったキャンディの包みがキラキラと輝いていた。
まるで幸せの詰まった、ちいさな宝石の粒みたいに・・・。

















2005/2/25   神城先輩ルートのヒトミちゃんは健気だと思います。だいすきです。ふたりとも。