温かい日差し、小鳥の鳴く声。
自分とは違う体温を感じながら、はぼんやりと目を覚ました。
寝顔
「ん・・・。」
目を擦って、ふと、焦点が定まってくる。
目の前には、グレイの布、否・・・パジャマ。
恐る恐る頬を剥がし、上を見れば・・・。
「っ・・・。」
それは紛れも無い、神城の寝顔だった。
は冷静になって考えようとするが無理な話だ。
自分の体は神城に抱き寄せられていて、起きた時にはその胸に顔を埋めていた。
思い出しただけでも顔から火を噴きそうだ。
温かくて心地よい神城の体温。
寝顔は、そこら辺の女の子よりずっと綺麗で。
こんな言葉を年上の男性に使うのも可笑しいが、あどけない、とか無垢、とか、
そんな言葉以外当てはまらないと思った。
背伸びするみたいに体を動かして、神城の頬にそっと唇を押し付ける。
起こしてまうかもしれない、そんな心配があるくせに、無意識に体が動いた。
と、思わぬ力でぐっと引っ張られ、はまた、神城の胸に顔を埋める形になる。
「おはようのキスは・・・唇がいいな。」
くすっと笑って、おはようと囁く神城に、は抗議する。
「綾人さん・・・起きてたなら、言って下さい・・・もう。」
未だ顔を真っ赤にする、愛しい恋人を微笑ましく思いながら、
神城はの唇を塞いだ。
「ん・・・。」
「だって、ちゃんがあんまりにも可愛いから。」
思わず寝たフリ。
そういたずらっぽく笑う神城に、は苦笑する。
良く病室でも、こんなことがあったっけ。
***
紅茶にトースト、スクランブルエッグかいちごジャム。
軽めの朝食を口に押し込む。
ここ最近の習慣である、この行為を機械的に済ませ、はぼんやりと考えごとをしていた。
「ちゃん?」
「え?」
カップを持ったまま固まっていたを、神城が心配そうに覗き込んだ。
「どうしたの?何か・・・考え事?」
些細なことでも、気遣ってくれる優しい恋人に、は笑って、大したことじゃないんです。
そう呟いた。
本当に、たいしたことでは無いのだろう。
カップの紅茶を飲み干すと、後片付けをする。
ソファに行けば、神城は本を膝において、を待っていた。
こういう時は、事情を話すまで本すら読んでくれない。
神城を心配させたままではいけないと思い、隣に腰掛けると、はポツリポツリと、胸の内を語り始めた。
大学に入っても相変わらず懇意にしてくれている優ちゃんも、梨恵ちゃんも。
それぞれ、彼氏が出来たわけで。
お茶でもすれば話題はどうしても、そういう方向に行くわけで。
二人とも、神城のこともあり、いつもに気を使って話題を選んでくれていた。
この前も、治療法が見付かったことを一緒に喜んでくれた、二人。
抱かれたい、なんて思うのは不謹慎なことなのかもしれない。
それでも、やっぱり友達の話を聞けば、不安になることもある。
「・・・。」
神城は最初、微笑ましそうに聞いていたが、途中から、ずっと真剣な眼差しを向けていた。
「やっぱり、不謹慎・・・なのかもしれないんですけど。」
「そんなことないよ。」
「・・・え?」
そう言いながら、困ったような顔をする神城には首を傾げる。
「いや。ごめん・・・君が・・・。」
あんまりにも、可愛いことばっかり言うから。
その言葉は耳元で囁かれた。
ギュっと抱きしめられて、も神城の背中に腕を回した。
「僕が君を抱かなかったのは、体のことより、君に心配を掛けるのが怖かったからだよ。
正直、自分でも我慢できるとは思ってなかったし、今だって我慢出来てるとは言い難いかな。」
「・・・ごめんなさい・・・私、ちゃんとわかってたつもりだったんですけど・・・。」
は俯いた。
この人の体のことが一番心配なのは嘘じゃなくて。
今までは、男女の関係のことなんて、頭に思い浮かべる暇もなかったのかもしれない。
だから、治療法が見付かった、そう伝えられた後から、妙に意識してしまったいたのだ。
治療法が見付かって、大分落ち着いてきた最近も、昔と変わらない関係。
それに不満があるわけではないのに、もっと欲しいと思うのは欲張りなのだろうか。
「謝らないで、ちゃん。・・・むしろ、そんな風に言ってもらえて、僕は男として幸せ者だと思うよ。」
そっとの髪を梳きながら、神城は続ける。
「本当は、毎晩、君と一緒にベッドに入る度に、毎朝、君の寝顔を見る度に。
僕はどうして耐えられてるのか、不思議でしょうがなかったんだ。」
でも。
「今わかったよ。治療法が見付かって、いつでも君を抱けると思うから、耐えられるのかもしれない。」
そうは言っても、ちゃんがあんまり可愛いことばっかりしてると、我慢が効かなくなちゃうかもね。
「あ、綾人さん!」
神城の言葉にまた、顔を真っ赤にする。
ただ、嬉しくて、言葉が喉から出てこなかった。
我侭だと、欲張りだと言われればそれまでだと思うし、そうかもしれない。
でも、この人を好きになって、本当に良かったと思った。
***
隣で同じように、おとなしく雑誌に目を通していたものの、うとうとして。
そのまま凭れて眠ってしまったの顔を、神城は目を細めて見詰める。
ソファに置きっぱなしの薄手のタオルケットを掛ける。
幸せそうな寝顔。
あんな風に、思いがけず聞いてしまった彼女の本音。
「本当に我慢が効かなくなったら、どうしてくれるのかな、僕のお姫様は。」
目元にかかった前髪をそっと寄せて、頭を撫でる。
「ん・・・綾人さ・・・。」
「おやすみ、ちゃん。」
そっと頬に口付けて、また本に目を落とす。
我慢の効かなくなる時なんて、もう、すぐ来てしまうかもしれない。
そう、思いながら・・・。
2006/2/25 二人とも偽者です・・・後日談までピュアな関係だったらそれはそれで素敵。