今日は神城先輩の誕生日。
は授業が終わると、一目散にマンションへと走った。





移り香





本当なら日付が変わった瞬間か、その日の朝一番にお祝いしたかった。
しかし、先輩の体のこともあるし、真夜中に電話したり、尋ねるもの失礼かもしれないと思ったし、
その日の朝渡すのでは、ただのお荷物になってしまうのも困る。

「よし、じゃ気合を入れて。」

家に着いてすぐ、準備をしてエプロンをつける。
今から急げば夕方には焼けるはずの、私のケーキ。

本当は色々と悪い予感が渦巻いていた。
数多くいる先輩のファンの子達、そのうち誰かと約束をしていたら・・・?
ご両親とお食事、ならまだ大丈夫だけど・・・でも・・・。

「・・・ともかく今はケーキに集中しよう・・・。」

は気を取り直して作業を続けた。
神城先輩が、少しでも喜んでくれれば十分なのだ。
ケーキが焼きあがると、は急いで階段を駆け下りて、インターホンを鳴らす。

シーン、と返事の返ってこない間が、妙に身に染みた。


「何やってるんだ?」

呆然と立ちつくすの背中に、声がかかった。
同じ階の、一ノ瀬さん。

「あ、一ノ瀬さん・・・あの、神城先輩・・・もしかして病院とか、でしょうか?」

一瞬ハッとなって、自分で言葉を口にしておきながら、落ち込む。

「いや、さっき出かけるのを見かけたが・・・。」

「本当ですか!良かった。」

はあることを思い立ち、ありがとうございます、と律儀に頭を下げて、一回家に戻った。
小学生の時使っていたヒヨコのビニールシート、当時のだから少し小さい。
それから、ポット一杯の紅茶。
それらを準備すると、また下に駆け下り、先輩の部屋の前にお店を広げた。

一ノ瀬さんから、出掛けたって聞いても、安心したわけではなかった。
それでも、先輩が倒れたとか、そんなことじゃなくて良かったと思った。
例え先輩が、他の女の子と出かけていても。
例え先輩が、ご両親のところに帰っていても。
例え先輩が、ただの買い物だとしても。
はここで、ただ待っていようと思ったのだ。

あまりに慌てて、紅茶しか思いつかなかった。
先輩じゃないけど、本でも持って来ればよかったかな。
砂糖の入っていない、いつもなら口にしない紅茶そのものの味を舌に感じながら、
はうとうと、と船を漕ぎ始めた。

エレベーターの開く音がして、また一ノ瀬さんだったら、何を言われるかと顔を上げる、と。

ちゃん!?」

「あ、神城先輩お帰りなさい。」

目の前に現れたのは、白い袋を持った神城先輩だった。
お帰りなさい、と自然と自分の口を突いて出た言葉に微笑する。

「お帰りなさい、じゃないでしょう?」

ふわり、と先輩に抱きしめられる。

「こんな寒いところで、制服のまま、風邪ひいたらどうするの?」

神城はギュっとさっきより力を込めて、を抱きしめた。
いつから待っていたのか問いただしても、ついさっきですよ、としか言わない。
抱きしめればわかる、少し冷えた体。

「帰ってから急いで焼いたから、制服の上にそのままエプロン着てたんです。」

「・・・焼く?」

「ケーキですよ、神城先輩のお誕生日を祝おうを思って、ってせんぱ・・・。」

「・・・ありがとう。」

離し掛けた体をもう一度強く抱きしめて、の首筋に顔を埋める。
顔を真っ赤にしているであろうが、もぞもぞと抵抗しているのをお構い無しに、
神城はそのまま少し、黙っていた。

「先輩?」

心配そうなの声に顔を上げる。

「チョコレート。」

「・・・え?」

「チョコレートケーキでしょう?ちゃんが僕に作ってくれたの。」

「そう、ですけど・・・どうしてわかったんですか?」

はただきょとんとしている。

ちゃんからチョコレートの香がしたから。」

くすくす、と笑う神城に対し、は真っ赤になった。
この人の、こういう笑顔と、口元に手を置くその仕草は、反則だと思う。

「ともかく、ここじゃ寒いから中に入ろうか。」

「あ、はい。」

見慣れた神城の部屋に通されて、進められるままにソファに腰掛ける。
ビニールシートや、ポットについて神城から質問されるまま答え、
お返しに、白い袋が何かと尋ねれば、薬を処方してもらっていたのだという。

「でも、心配しないで。いつものことだから。」

という神城に、しつこく本当に大丈夫なんですね?と念を押しながら。
は心の中でしこりになっていた、下らない感情が消えて無くなるのを感じた。

「実はちょっと不安だったんだ。」

が待っている間紅茶を飲んでいた、というので気を使ってくれたのだろう、
自分には紅茶を、にはミルクティを淹れたカップを、神城はテーブルに置いた。

「今日はちゃんに会えなかったから、プレゼントとか、関係無く・・・寂しかった、かな。」

「ご、ごめんなさい・・・神城先輩・・・私・・・。」

は昨日の夜から今日にかけて悶々としていた気持ちを爆発させた。
本当なら日付が変わった瞬間に神城の誕生日を祝いたかったこと。
神城の体調が悪いんじゃないか、とか他の誰かと、誕生日を過ごしていたんじゃないか、という不安。

「我侭ですよね・・・でも、どうしても・・・神城先輩に会いたくて。」

ソファの隣に腰掛けて、神城はまたを抱きしめた。
相変わらず、チョコレートの香がする制服。

「そんなことないよ、ちゃんが我侭なら、きっと僕もわがままだと思う。
君を、もう帰したく無い、って思うくらいだから。」

くすくす、と笑う神城に、はまた真っ赤になる。

「チョコレートの香り、移っちゃいますよ。」

ちゃんの香りなら、大歓迎だけどね。」

「っ・・・。」

さらに顔を赤くして、はぷいっとそっぽを向いた。
それから、ポツリとこう呟いた。

「私は、先輩の香りの方がずっといいのに・・・。」

それが、あまりに可愛すぎて。

「神城せんぱ・・・んっ・・・ふ・・・!」

唇を奪う以外、何も思いつかなかった。

「ん・・・。」

彼女を解放すれば、真っ赤な顔で、満面の笑みで。

「神城先輩、お誕生日おめでとうございます。」

ちゅ、っとほっぺたに軽く、触れるだけのキスをして。
またお姫様は顔を背けてしまった。

「ありがとう、ちゃん。」

今日は一日、ただ彼女を腕の中に閉じ込めていたいと思った。
わがままなのはやっぱり僕で、君じゃない。
だって、こんなにも、彼女を独占したいと思うのだから。
相変わらずチョコレートの香りを纏った、最愛の姫君。
その香りが消えるまで、ただ、君とこうしていたいんだ。

そんな誕生日の願いを、は笑って受け入れた。
それでは、むしろ自分がプレゼントを貰ったみたい。
そう微笑むを、神城はただただ、抱きしめていた。




















2006/2/24   お誕生日おめでとうございます、神城先輩・・・!