このプレゼントをもらったときは正直意外で、びっくりしたような気がした。

思えばそれがこんな風に置物状態、もったいないことだと思う。






















マニキュアの小壜





















急に友達と出かけることになって、私は慌しく準備をしていた。

今日は、もしかしたら比呂士くんから声がかかるかもしれないと思って空けていたけど・・・。

夜のうちに連絡が来なくて、友人からの朝早くの催促に私は「行く」と言ってしまった。





あわてて取り出した洋服の皺を叩いて、手早く着替えて、軽く化粧をする。

思えば休日でも都合をあけたままぼんやり、なんてことがここのところ多くて。

私は久々に、真剣に向かい合う化粧台を睨んだ。

ふと、化粧台に置いてある小さなビンに目が行く。





















『え、お返しなんて!付き合ってもらえるだけでもう、十分って感じだよ?』

バレンタインデーに思い切って告白して。

その日は恐ろしくて猛スピードで帰って。

次の日に比呂士くんに、よろこんで、付き合って下さい、と言われたときは。

ちょっとびっくりどころの騒ぎじゃなかった。





『でも、せっかくさんのために買ってきましたから。』

まだそのころ、比呂士くんはさん。

私は柳生くん、そんな風に硬かったものだ。






比呂士くんはシンプルな包装がしてある小さな袋を私の手に置いた。

『本当に、大した物じゃないんです。』

そのとき、私のあげたチョコレートの方が大した物じゃなかったよ、と心の中で呟いたのを覚えている。



『じゃあ、もらうね。どうもありがとう今開けてもけても平気?』

『ええ、どうぞ。』



そっと、丁寧に包装をはがすと、中には小さな小壜が入っていた。

ピンク、ではなくまるで桜色。

とても薄くて、やわらかい色だった。

『綺麗なマニキュア・・・。』

『この時期にも、貴女にもピッタリだと思ったので・・・気に入って頂けましたか?』

『うん、本当にどうもありがとう。』





私は桜のようなピンクが好きで、そのときもらったマニキュアがあまりに自分の好きな色だったので。

告白の返事を受けたときよりも心が温かくなった気がした。






















ハッとして時計を見ると、ずいぶんと時間がせまっていた。

ここのところ使っていなかったそのマニキュアを軽く振って。

手際よく塗る。











これが出来るようになるまで、姉のマニキュアの要らなくなったやつを借りて何度練習しただろう。

散々、自分でもらったやつを使いなさいよ、と言われたが、そんなことできるわけない。

ドキドキして塗れそうになかった。



なんとかうまく塗れるようになって、初めてのデートで付けて行ったとき、

比呂士くんが、

『やっぱりにはその色が似合いますね。』

と、言った。













今日はずいぶんとセンチメンタルな気分だこと。

携帯やら財布やらを慌てて鞄につめて、部屋を出ようとした。

ふと、理由もなく携帯を確認して。

私は玄関先で「あ。」と大声を上げてしまった。

不在着信、メール一通。

マナーモードで気がつかなかったのだ。

慌ててメールを読む。

「今日の午後よろしかったら出かけませんか、練習が無くなったので、都合がよろしければ連絡下さい。」

「・・・。」

間髪入れずに友達に電話を入れてドタキャン。

文句を言っていたので、おそらく何か奢らされるだろうが、それはよしとする。





















流れるまま私は玄関を出て、適当に駅の方に向かって歩き出した。

そのまま、携帯を耳にあてる。

『はい、もしもし』

「あ、比呂士くん?私。電話もメールも気づかなくてごめんね。
ちょっと取り込んでて、今はもう大丈夫だから。」

『すみません、忙しかったんですね、出かける用事はなかったんですか?』

「あー、ドタキャンしちゃった。大丈夫、今度埋め合わせするよ。それに大した用でもないから。
えっと、どうしよう私実はそのまま家飛び出しちゃって、今もう駅に着くころで・・・。」

そう言いながら、私は駅の方に目を向けた。

びっくりして携帯を落としそうになってしまった。





「・・・比呂士ん?・・・どうしてここに?」

携帯を下ろして、私は意味も無く、名前を呼んだ。

いや、意味も無く、じゃない。

彼が本物であるか、それを確かめるため。

を待つならここしかないと思いまして。」





いつもそうだ。

私たちは必ずここで待ち合わせをする。

でも何故?

「私、てっきり比呂士くんが家にいるんだと思ってて、なんとなく、駅に向かってて・・・。」

おろおろとうろたえる私に、比呂士くんはやさしく笑って、

「つまりは同じ気持ちだったということですよ、も私と会えると思って来たんでしょう?」

「や、そうなんだけど。でも・・・もし私が気づかなかったり、もう出かけちゃった後だったりしたら・・・?」

「なかなかお返事が無かったので、家の方にお電話させて頂こうと思ったところです。
それに、今日は例え今日が出かけていても、絶対に会おうと思ってましたから。」
















その言葉に身を硬くした。

一瞬別れ話かと思ったからだ。

ここのところデートに行けないのも、なかなか一緒に居られないのも。

平気なつもりだったし、実際平気だったはずなのに、何か重いものを感じる時もあった。

今日なんかは特にずいぶんセンチメンタルな気分だった。

理由の筋が通るせいで、無性にそう思えて、意外に冷静な自分に驚く。

私は次の言葉を待った。




















「今日はと初めてデートをして1年目ですから。」

その言葉に、私は時間が止まったように感じた。

「・・・そ、っか・・・。」

どうもチラチラ昔のことを思い出すのも、そのせいだったんだろう。

私はバレンタインデーと、ホワイトデーの思い出が大きくて、初めてのデートの日付までは記憶してなかった。

「なんとなく、会いたくなったんです。」

「私も会いたかった、なんだか不思議だね。」

こうして話していることだって実際は信じられないくらいなのに。

私が笑って手を口元に持っていったとき。

比呂士くんが「あ。」と言った。

「え、どうしたの?」

「いえ、そのマニキュア。まだ使って下さってたんですか?」

「うん、なんか大事なときじゃないと付けられないんだけど。」

今日はなんだか無性に付けたい気分だったの、運命かな。

私は笑って自分の手をギュっと握った。

そういうと、比呂士くんは嬉しそうに。

「大事にして下さってありがとうございます。」

と言った。

私は嬉しくなって「いいえ」と言った。






















結局2人ともどこかに行きたいとか、そういう希望も無く。

近くの喫茶店に入って他愛無い話をした。

この1年のこと。

比呂士くんは最近会えなかったことに酷く気を揉んでいたらしく、その優しさに嬉しくなった。

今日私がずいぶんとセンチメンタルな気分でいたことを話すと、比呂士くんは心配そうに、

「今は大丈夫ですか?」

と、私の手を握ってそう呟くから、私は笑って、

「もう大丈夫だよ。」

と、答えた。





















この人を好きになってよかったと、そう思った。






















この先どれだけのマニキュアを買っても、もらっても。

このマニキュアの小壜だけは、

たとえ空っぽになっても、ずっと大事にしていようと思った。






















この、桜色のキモチをずっと忘れないでいるために。





















○一番スムーズに書いたのがこの夢かと思います。柳生好きです、紳士萌えです。
こんな風にスムーズに浮かぶといいんですけどね、これはまあまあお気に入りです。
頑張ってお題終わらせます、今のところ柳生が一番書きやすいかも・・・。
この歌自体はもんのすごい悲恋の歌なんですけどね(爆)


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