089. 涙









「イオン様、お体の調子は如何ですか?」

コンコン、と軽いノックをすれば、「はい」とい返事が聞こえ、安心して中に入った。

「大分良いですよ、いつも心配をかけて申し訳ありません。」

「とんでもない、こちらこそ、元・導師守護役ですのに、こうして勝手に出入りして・・・。」

「気にしないで下さい。」

そう、柔らかく笑うイオン様を見て、私は苦笑せざるを得ない。
彼と喋っていると、そう・・・痛感させられる。



「僕はの方が心配です。あれ以来、貴女も考え込んでいるようでしたから。」

あれ、というのはシンクが地殻に落ちたときのことだ。
落ちたというより、死んだと言うべきかもしれないが、私はそれを好まない。
自分の目で見るか、決定的な物証が無い限り、「死」なんて受け入れられないのだ。

「ご心配・・・ありがとうございます。」

「やはり、ショックでしたか・・・?」

それが、シンクが死んだことが、ではないとすぐに感付いた。
そう、今のイオン様がオリジナルではなく、レプリカだ、とそのこと。
少々悲しげに聞かれて、私は急いで首を振った。

「いいえ。薄々感づいてはいました。最も、私はイオン様の口から聞くまでは、
そうと判断出来ずにいましたが・・・。」

何度か、こっそり聞こうと思ったこともあった。
でも、私には怖くて出来なかった。
聞くことそのもので彼を傷つけるのが怖かったからだ。

「そうではないかと思っていました・・・。は鋭いですから。」

「・・・。」



?」

「・・・私、嬉しかったんですよ。イオン様が泣いて下さって。」

「え?」

イオン様は驚いて私を見る。
私は、自嘲気味に呟いた。

「シンクが、死んだかもれないのに不謹慎だって、十分承知の上です。
でも、私はイオン様が・・・貴方が泣いて下さって、感情を表に出して下さって・・・、嬉しかったんです。」



ずっと思っていたことだった。
もし、この人がオリジナルのイオン様ではない、イオン様なのだとしたら。
苦しくないのだろうか。
辛くないのだろうか?
何故、泣かないのだろうか?



は優しいですね・・・僕は、何故貴女が僕をまだイオンと呼んでくれるのかわからないでいます。
貴女はオリジナルイオンの導師守護役でしたから・・・。」

「・・・それは、イオン様が、いいえ違う・・・『貴方』が好きだからですよ。」

「・・・僕を・・・好き?」

「名前なんて関係無いんです、私には。私が導師守護役を降ろされてても、どうしてもと言ったのは、
貴方が好きだからです、イオン様。名前じゃない、貴方のその優しさに、心の温かさに惹かれたからです。」

いつだって思っていた。
アリエッタも、心のどこかで気付いていて、認めることが出来ずにいたのではないだろうか。
否、純粋にわからなかっただけなのかもしれない。
その方がどちらにとっても・・・良かったのかも知れない。

「私は導師守護役が嫌いでした。もちろん、オリジナルのイオン様が嫌いだったとかそうではありません。
当時の教団は私にとって窮屈そのままでした・・・。大きな思惑を持った者達の妄執の渦巻く世界。
そんな風にしか見られなかったんです・・・。」

「今も・・・正直・・・変わっていないのでは?」

イオン様は不安そうにそう仰った。
私は笑った。

「もし、もしそうでしたら私はダアトを離れていますよ。オリジナルのイオン様が病気でお倒れになったり、
ヴァンやモースがレプリカを作っている間も、私はいつここを抜け出そうかと思っていました。」

「彼等がそれを許さなかった、のでしょう?」

私の実戦経験が高く買われていたのは、自惚れではない。
幼い頃から戦う術だけを体に覚えさせられてきた、根っからの軍人。
裏で色々やりたい教団側の、汚れ仕事に適任だった。

「いいえ、そうだとしても、私は振り切って逃げるつもりでした。そう、あなたが導師となって、
私やアリエッタが導師守護役に降ろされた、あの日から・・・全てが変わりました。」

すぐに発つわけにも行かず、毎日を無駄に過ごしていた私。
教団に居れば聞きたくなくとも噂は飛び交う。
導師イオンのお体のことや、最近のこと。
私は噂なんて鵜呑みにしない。
だから、幾度か同行を申請したりして、自分の目で確かめたのだ。
そして、別人だと、心のどこかで確信していた。

「正直、僕はあなたが同行する時は不安でした・・・。
疑われているのでは無いかと、反感を持たれているのでは無いかとも思いました。」

「そんな、とんでもありません・・・。」

「もちろん、すぐにそうでないとわかりました。貴女はアリエッタよりも大人ですから、
きっと気付くのではないかと、そう思っていました。」

もちろん、アリエッタには言うべきなのか本当に悩みましたが。
そう呟いて目を伏せるイオン様、私は言葉に詰まった。

「・・・なんだか暗い話をしてしまいましたね・・・。」

が傍に居てくれてよかったと、今も心から思っていますよ。」

「勿体無いお言葉です・・・。・・・イオン様・・・。」

「何です?」

「もうダアト式譜術は使わないで下さいと、そう言ったら怒りますか?」

「・・・どうしてですか?」

「私は・・・私は大陸よりも、何よりも、貴方が大切なんです。
貴方に万一のことが起こるくらいなら、世界なんて滅んでしまえばいい。
私は世界より、イオン様が大事なんです・・・。」



「イオン様が大好きなんですよ・・・。」



「泣かないで下さい、・・・。」

「・・・泣く・・・?本当・・・涙・・・。どれだけ人を殺しても一滴も出なかったのに・・・。可笑しいですね。」

「涙が出なくても、の心は泣いていたのでしょう・・・。
僕も・・・そうだったのかもしれません・・・。」

「・・・イオン様・・・。」

涙にかすんだ目で、私はイオン様を見上げた。

「必要であればダアト式譜術は使わねばなりません。
僕は、それで彼らのお役に立てることが嬉しいんです・・・。」

「ええ、・・・承知しております。」

知っててこんな我侭を言って、泣いて。
私はこんなにももろい生き物だったのだろうか・・・。

「でも、僕もが大好きですから、出来る限り貴女を悲しませたくありません。
難しいですね・・・も、ずっと葛藤してきたのでしょう?」

ふわり、と温かい感触と、やわらかい香り。
背中にまわる手。
体温。
心臓がギュっと締め付けれる感覚。

「・・・大丈夫ですよ・・・例え何があっても、僕の気持ちは変わりませんから。」

「・・・ありがとうございます・・・イオン様・・・。」


こんなにも痛い温かさはなくて。
私はイオン様の腕で泣いた。


生きるために殺してきて、自分の死すら覚悟の上なのに、他人の死がどうしてこんなに、怖いのか・・・。
この人が大好きだからだと気付いたころには、
世界はもう、残酷な結末へと足を進めているような気がした。
全部私がぶち壊してしまえたら良いのに。











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2006/1/12

ネタは作ってあったのですが、完成してみたら何でこんなに暗い&重いのでしょうか。
まぁ、両想い的な感じで・・・。でも、なんとなくイオンが死ぬと感づいてる感じで。
こ、これじゃ悲恋ですね(;´Д`)・・・アビスは重いので、こういう傾向になってしまいがちです。
特に、ルーク、アッシュ、イオンはこういう重たい話に偏りそうです(汗)
最後のイオン様のセリフは、例え死んでも、ヒロインを好きだって気持ちは変わらない、ってのを濁しただけです(笑)
無意味に濁して意味不明ですな・・・。