072. 居場所









「・・・・・・俺・・・。」

困った顔をする、お兄ちゃんに対してあたしは苦笑するしかなかった。
わかっていたのかもしれない、だからこそ少し怖かったのかもしれない。
でも今となっては、それが恐怖だったのではなく、ただの不安だったことがわかる。

「辛気臭い顔しないでよ、お兄ちゃん・・・なんとなくわかってる・・・。」

「え・・・!?」

お兄ちゃんだけでなく、みんなも驚いた様子だった。
とにもかくにも、折角家まで来てくれたんだから、ってことで、
みなさんを部屋に通すようにメイドに言った。
後は、ジェイドさんやガイ達が気を利かせてくれたみたい。

「ルークのこと、頼みますよ。」

「えー、様、・・・あんまりあいつを・・・その。」

あたしはは苦笑した。

「ジェイドさん、ご心配なく、困らせるようなことはしません。
それからガイ、そんな話し方いいっていつも言ってるでしょ。
何かあったら、って思うんなら部屋扉の前にいて頂戴。」

「な、そんなことしません!.・・・じゃなかった、しないよ。」

あたしとジェイドさんは少し笑った。
それじゃあ、と二人と別れ、あたしは先にお兄ちゃんを押し込んだ部屋に向かった。
といっても、それはあたしの部屋だけど。






「あのさ・・・さっきの話だけど・・・。」

あたしのベッドの、お兄ちゃんの隣に腰掛けると、お兄ちゃんはすぐ、向直って話し始めようとする。
まだ言いづらそうなその表情に、あたしは苦笑する。

「今更。」

これは、あたしにの、ルークの、アッシュの・・・もっと多くの人の言葉だろう。
今更。
なにもかも、今更でしかない。

「・・・?」

あたしがお兄ちゃんの言葉をまた遮ると、不思議そうに顔を上げた。

「お兄ちゃんは悪くない、ううん、こんなこと言ったら贔屓だと思われるかもね。
でも、私はお兄ちゃんのこと好きだから、贔屓でいいんだと思うわ。」

利用される方が悪いなんて、そんな言葉はあたしは認めない。
断言して、ルークの顔を覗き込むと、
今度は彼が苦笑する番だったようだ。

「俺は、お前の兄貴じゃないんだ・・・。」

一息吸い込んで発せられた言葉。
それは言葉として、あたしの頭に入ってこなかった。

身構えていても、それを言われることに、抵抗があった。
仮定と確信は恐ろしい違いだから。

項垂れるお兄ちゃんの、否、ルークの背中を見て、あたしはは嘆いた。
一足遅れに首をブンブンと左右に振る。

「あの時、あの時お兄ちゃんが戻って来て・・・ううん、ルークに初めて会って。
あたしは、確かな違和感を感じたの、でも小さかったし、どうすることも出来なかった。」

今のあたしの顔は、苦虫を噛み潰したようなものだろう。
くやしい、それ以外に何が言える?
悲しいなんて、そんなのどこかに行ってしまった。

「それじゃ、お前は俺がここに来た時から・・・?」

困惑気味に返すルークに。

「・・・。」

あたしは黙ってコクリと頷いた。

「小さかったし、なんて言い訳だってわかってるの。お兄ちゃんを見ていればわかるわ。
お兄ちゃんは、実年齢としてはその時の私よりも幼いのに。
叩き込まれるだけ叩き込まれた・・・酷いよね・・・。違うな、あたしも十分悪い・・・。」



あたしに罪があるとしたら、それは生まれながらのものであって欲しいとどんなに願うだろうか。
女として生まれたあたしの方が誘拐に適任だったろうに。
もっとあたしに何か力があれば、その時、今も何か出来るだろうに。

ルークは確かにお兄ちゃんで、それを否定することはない。
どうしたらいいの?そう尋ねて誰か答えてくれるのだろうか。

今アッシュという名前の人が、あの時までのルークお兄ちゃんだった。
あたしはそれで今のルークをお兄ちゃんとして受け入れていたとして、それはどんなに残酷な仕打ちなのか。

ボロボロにされて捨てられるべきはあたしで。
苦しんで憎むまれるべきはあたしなのに。

どうしてあたしの二人のお兄ちゃんがくるしまなきゃいけないの?



は悪くない・・・。」

あたしは思いっきり首を振った。
もし、あたしが・・・そんな陳腐なセリフは思い飽きた。
そんな言葉じゃ足りないよ。

ルークはあたしの反応を見て、苦笑する。
そして、向直ると、続けた。

「アッシュは・・・きっとお前に会いたがってる。」

「・・・でも、きっとあたしには会う資格が無いわ。」

だってそうでしょう。あたしはだけど。
アッシュになってしまったお兄ちゃんにとって、あたしは最低な女かもしれないもの。

気付かなかったのか?

いいえ、気付いていたかもしれない。

他に何か出来たんじゃないのか?

何が出来た?そうね、出来たじゃない、しなければならなかったのよ、あたしは。

アッシュお兄ちゃんはきっとあたしを責めない。
会えば苦しくなる。
あたしより、きっとアッシュお兄ちゃんが。



「何言ってるんだ?も被害者なんだぞ?」

ガツンと殴られるように、現実の言葉があたしの頭に刺さった。



「被害者」



被害者?
それはルークであって、アッシュであって、お父様やお母様であって、
アクゼリュスの人たちであって、ティアちゃんかもしれなくて、
イオンさまかもしれなくて、ヴァン師匠かもしれないのに?

だって、を起こしてしまうその人自身が何かの被害者であって、
その人が加害者になって、また新しい被害者が出来る・・・。
たったそれだけの連鎖で、どんどん、どんどん増えていく。

でもあたしは?
あたしには何も起こらなかったし、何かを起こしもしなかったじゃない。



「ふざけないで!!」

思わず大声を上げた。
触れられたく無いところを、お兄ちゃんが、触れてしまったから。

「被害者?どこが?誘拐もされなければ苦しむこともなくて?
お兄ちゃんが・・・ルークが利用されてるときも屋敷にのうのうと暮らしていたあたしが?
アッシュがどんな思いで暮らしたいたかわからない時間を、能天気みたいに過ごしてきたあたしが?」

火がつけば言葉は凶器のように飛び出てくる。
こうして拍車をかければ、ルークを傷つけるのに。
焦がした刃を止めることが、どうしても出来ないのだ。

「それは俺だって・・・。」

「同じじゃない!!ルークは同じなんかじゃないのよ!!!」

あたしはまた思いっきり首を振った。
同じじゃない。

同じだったら?

同じだったらどんなに良かったんだろう。
いっそあたしも誘拐されていたら?
現場を目撃していたら?
殺されていたかもしれない。
でも、今よりきっと良かったはずなんだ・・・。



カッと頭にきて暴れ始めたあたしを、ギュっと温かい体温が包んだ。
こんなこと、最近はあんまりなかった。
あたしも大きくなったし、アッシュお兄ちゃんはいなかったし。
ルークも、同じように大きく・・・身体は大きくなったから。

、いいからちょっと落ち着けよ。」

「ッ・・・。」

ポンポン、と叩かれる頭。
ああ、やっぱり、ルークはルークおにいちゃんなんだな、と思った。
実年齢はあたしより下。
身体は年相応。
でもお兄ちゃんなんだ、やっぱり。



昔から、結構気が立つことがある女の子だった、そう母は言った。
だったら、戦う術を、アッシュと一緒に学ばせてくれればよかったのに。
あたしは隠れてこっそり訓練するか、そんなことしか出来なかった。

それで誘拐が起こらずに、アッシュと幸せに暮らすという未来も、
多分未来の枝先のどこかで今平行しているんだろう。
でもこの現実は、その未来を蹴った。
過去は変わらない、だからこそ、この道の枝先をいかにするかが、
あたしに出来る精一杯のことなんだ。



「ごめんね、どうしたらいいのかもわからない、わからなかった。
でも、ルークはやっぱり、家族だし、アッシュもやっぱり家族なの。」

・・・。」

「泣きそうな顔しないでよ、あたしだって泣きたいもの・・・。





・・・決めた、あたしも行く。」

目をゴシゴシ、と擦って、宣言した。
女にも二言は無し。
行くってきめたら行く、頑固なんだあたしは。

「・・・は?」

「これからの旅に同行するって言ってるのよ。」

「ちょ、ちょっと待て。」

動揺するルークを尻目に、あたしは部屋のクローゼットやら引き出しをあさり始めた。
いつかこんな日が来ても大丈夫なように、準備だけはしてきた。
アッシュお兄ちゃんと木刀で練習してもらったこともあったっけ。

足手まといにだけはならない。
それに、今まで何も起こらなかった、起こさなかったあたしが、
今度は自分で起こそうとしてるんだ。
一歩踏み出す、その勇気をここで、手に入れたんだから。

「・・・アッシュと戦うことになるかもしれないんだぞ・・・?」

ルークお兄ちゃんが頭ごなしに否定しないこともびっくりした。
そうなるかもって、思ってた(それでも決心は曲げないけど)

「その時はその時だよ、出来れば、そうならないように努力するけど。
覚悟は、多分出来てる、アッシュも・・・多分出来てるよ。」

アッシュお兄ちゃんは、きっと・・・間違いなく覚悟は出来ている。
それに対峙出来るそれだけの覚悟をあたしは持たなくちゃいけないんだ。

がそこまで言うんだったら、俺に止める権利は無い。」

「随分丸くなっちゃったね。」

!」

「あはは。」

変われることも強さだと思う。
変わらないことも、貫き通すこともときには必要だけど。
今は、立ち上がって前を進むために、まず、あたしが変わらなくちゃ・・・。



またここに、家に帰ってこよう。
ここはあたしの、ルークお兄ちゃんの、アッシュお兄ちゃんの。
ううん、もうきっとみんなの居場所なんだから。
この世界そのものがそうであるように。

居場所が無い人なんて居ないんだ。
だってその人の足元には大地が、海が広がっているのだとしたら。
この世界が居場所なんだもの。



ねえだから、お兄ちゃんたち・・・。
絶対、帰って来ようね、みんなで・・・。











BACK


2006/6/18

大分ご無沙汰してしまいましたが、リハビリ作品です、アッシュでも是非書きたいですが。
もし姉妹がいたら、多分、当事者も辛いけど、それと同じくらい辛いだろうなと。
これで連載も書こうかなぁと思ったネタです。リハビリにするにはちょっと勿体無かったですが。
妹だと特に、年齢的な葛藤が有りそうですよね。
ヒロインは妹なのに姉みたいな、アッスとルークは兄なのに弟みたいな。