056. 汚れて見える手









バチカルの港で海を眺めていた。
海。
青を穏やかだと感じてしまうのは、多分自分が赤を見すぎているせいだろう。
血の色、血の匂い、洗っても洗っても、綺麗にならない手。
まめや切り傷ばかりの、荒れた手。



「こんなところに居たんですね。」

後ろから耳慣れた声がして、私は振り返った。

「イオン・・・どうしたの?みんなは?」

アニスが一緒じゃないことを少々怪訝に思いながら、そう尋ねれば、
イオンは穏やかに笑った。

「もう解散しましたよ、自由行動だそうです。」

「アニスは?」

「ティア達と買い物に出かけましたよ。」

女の子だもの、町へ来ればやる事は決まっている。
私には縁の無い、ごく普通の傾向。

は行かないんですか?」

今行けばすぐ見付かると思いますよ、という彼の言葉に、私は首を横に振る。
私は大きな都市が苦手だ。
人の多い場所が苦手だ。





「僕はの手が好きですよ。」

どこだったか、足場の悪いところを通る時に手を繋いだことがあった。
どう考えても繋ぎ心地の悪そうな自分の手。
私がそう言ったときに、イオンが切り替えしてきた言葉だ。

「何故?」

「貴女の生き方に触れることが出来ますから。」

その言葉に揺さぶられた気がした。
私の生き方は褒められるような生き方ではない。
正直、イオンの言葉の真意を測りかねた。

「・・・すみません。」

「え?」

イオンが急に謝るので、私は困惑した。
一体何だろうと。

「・・・貴女がとても傷ついたような顔をなさったので・・・。
僕は、らしい、貴女だけの手で、良いと思う、という意味で言ったんです。」

酷く純粋な言葉は、時々心に突き刺さる。
私は苦笑するしかなかった。



酷く傷ついた顔。



「大丈夫よ、私は傷つかないし、イオンが謝ることは無い。」





ぼんやりとそんなことを思い返していると、イオンが口を開いた。

、手を繋いでもいいですか?」

「・・・どうぞ。」

また、だ。
あの日以来、よくこんな風に尋ねられる。
物好きだとしか思えない。
こんなにも繋ぎ心地の悪い手。

「自分では気付いていないかもしれませんが・・・。
貴女は時々、酷く傷ついた顔をしますよ。
そう、特にルークを見る貴女の表情は、とても痛々しい。」

自分は、そんな顔をしているのだろうか。

「・・・もし、それが本当なら、多分ルークに自分を重ねているからだと思う。」

あの子は一瞬でどん底に叩き落された。
あの一瞬で、多くの命を奪ってしまった。
優しい子程、何かを傷つけたことに大して自分が酷く傷つくものだ。
あの子を見ているとそれを痛感する。



同時に、そんな風に、自分を重ねて見ていながら、
私は彼と自分の決定的な違いを突きつけられるのだ。
命を奪う仕事に着く場合、情けや甘えは許されない。
そんな物は危険因子だ。



に一つ聞いていいですか?」

「どうぞ。」

元来淡白な人間で。
感情もあまり表に出さない子供だったと、言われた。
可愛げの無い子供。

「もし、今の仲間のうち、誰かを殺せという命令が出たらどうしますか?」

私は目を伏せて笑った。

「多分、殺してしまうでしょうね。」

私は苦笑する。
何て答えだろう、よくある物語のように、それは出来ないと答えれば良かったのだろうか?
・・・陳腐な答えだ。

「多分?」

イオンは先ほどの答えそのものに別段驚きもせずそう尋ねた。

「そんな命令は出ないからよ。」

今はギルドを抜けているから、そんな命令は出ない。

「僕も、なら任務を遂行すると思います。」

その言葉に何の棘も感じなかった。
私は良い仕事だと思ったことはなかったが、変にプライドを持っていた。



だから、多分命令が出たら、表情変えずに任務を遂行してしまうだろう。
愚かな対暗殺人形の私は。



「でも、そうしたら貴女は泣いてしまうと思いますよ、僕は。」

「泣く?私が?」

誰かの死を泣いたことがあっただろうか?
誰かのために泣いたことがあっただろうか?
私が?

「貴女は一緒に旅をして変わりました。少なくともみんなそう思っていますよ。
多分、変わったことに気付いていないのは、当のだけですよ。」

そう、イオンが笑う。
何も変わってなどいない。
ギュっと強く手を握られる、あたたかい、手。

「・・やはり、気付いていないんですね。さっきの質問をした時、貴女は確かに即答しました。」

けれど。
けれど、とても傷ついた顔をしていました。



「人は、変われる、か・・・。」

あの子は優しさをそのままに、あの子なりに変わった。
それを見届けていて、わからない自分。
子供なのは多分私。



がそのうちに、自分の手を好きになってくれればと思います。」

「そんな日が来ればいいわね。」

「来ますよ。」

「そうね。」



自分が奪ってきた命の数は変わらない。
今までは何も変わらない。
でも、これから変われるのだとしたら、それはきっと素晴らしいことなのかもしれない。



一人で気付けないから、人は一人で生きていけないのかもしれない。
変わったと、自分で納得できるまでには至らなくても、
それでも、今よりずっと楽になれる気がした。





私とイオンはしばらく黙って、海を眺めていた。
夕日で赤く染まる海。
青と赤の二面性。
色を映す水。
言葉なんて無くても、その時はただ。



手を繋いでいられるだけで、良かったんだ。









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2006/1/26

ルークが変わるのを見る、のがティアでしたので、ヒロインが変わるのを見るのがイオンで(笑)
ルークと違って、変わるのに凄い時間が掛かるヒロインっぽくなったので、
イオンが死んでも多分、その時は泣けない子だと思います(また痛々しい)
変わっていくルークを見て、憧れ的な感情を持ちながら、自分のこととなるとわからない、感じで。
なんだか最近うまいネタが思いつきません('A`)