036. レプリカ
「・・・お前、悔しいと思ったことは無いのか?」
資料室で、事務作業をしている私の隣で、アッシュはそう呟いた。
彼も報告書に必要な資料を集めに来ていて。
二人とも無言だったのだけれど。
「レプリカのことを言っているの?」
「・・・ああ。」
それに私は苦笑する。
いつか聞かれるのではないかと思ってはいたのだけれど。
「私の場合は特別だもの、貴方とは違うわ、アッシュ。」
「どういう意味だ?」
「レプリカを作ってくれって頼んだのは私なのよ、知らないのね。」
「!」
さすがのアッシュもこれには驚いていた。
そうだろう、自分からレプリカを作ってくれ、などと言う人間はまず、居ないだろうから。
「ディストから聞いていたかと思っていたけど。頼んだのは私よ。
貴方の実験の後だったわ・・・完全同位体にはならなくて、残念だったけれど。
それでも私は十分満足したから・・・。」
私が核心に近い話をしないから、業を煮やしてアッシュが口を開く。
「何のためだ。」
疑問ではなく、直球の意見、と言えばいいのだろうか。
それにも苦笑する。
「私、病気なのよ。知っているでしょう?毎月ベルケンドに検診に行ってることは。」
「ああ。」
毎月休みをもらって、ベルケンドで精密検査を受けている。
もう、5年前だ、私は持病が悪化して、入院したことがある。
医者に、10年は持たないと言われた。
「・・・。」
「別に、それは悪くないと思っていたわ。もともと、長生きできるような体じゃ無かったし。
でも、母が心配だったの、私の母もとても体の弱い人だから・・・。
父もそれを心配して、入院については軽い検査入院だと話していたそうよ。」
人事のように言うのは、人伝に聞いたからだ。
入院の少し前から、全く会っていない両親。
アッシュは黙って聞いている。
「それで、お見舞いに来て下さった総長に頼んだのよ。
ディストに私のレプリカを作ってくれるように、頼んで下さいって。
実験台としてでも、別に構わなかったし、それで私に影響が出ても構わなかった。」
オリジナルに発生するかもしれない悪影響の話は、ちゃんと聞かされていた。
例え私が死んでも、レプリカ情報を抜き取ることが成功すれば、作り直しが可能だ。
それを聞いて安心して承諾した。
「それで、良かったと思っているのか?」
「聞かなくてもわかっているでしょう?」
私は笑った。
良いと思っているわけが無い。
でも、それしか無いと、そう思ったのだ、その時。
「母も長くないことはわかっているの、ただ、母より先に逝けば、母がショックで死ぬ。
それはわかっていたから、これが一番良いと思ったのよ。」
間違っているかしら?
とは、聞かない。
アッシュは優しいから・・・。
「後・・・。」
「え?」
「後、どれくらい持つんだ?」
「さぁ、多分、全てに決着が着くまで持たないでしょうね。」
「・・・そうか。」
「貴方は?」
そう、問い返せば今度はアッシュが苦笑する番だ。
苦笑というより、フッ、とただ自嘲気味に笑った、と言えばいいのだろうか。
「わかるのか。」
「ええ。わかるわ。でも、貴方は死なないと思う。」
二人して、押し黙る。
死を目前に据えている私達。
私の予想だと、アッシュは多分、能力が弱りつつあるだけで、死には至らないだろう。
否、これは私の希望でしか無いのかも知れないが・・・。
「多分・・・私の方が先に逝くと思うわ。ディストに言われたの。
レプリカ情報を抜いた時、あまり調子が良くなかったから、悪影響が出るだろうって。
自分の体のことは、大体わかると思ってる・・・。」
ベルケンドの先生にも、もう長くないと言われた。
前線は退くようにとも言われた。
でも、私はこの人の傍で戦うことを選んだ。
情報を流しているのも私。
総長には感謝しているけど、私が選ぶのはアッシュだけだ。
この人だけ。
「アッシュは約束嫌いだったから。ちょっと独り言ね。
死んだら、名前の無い墓石が欲しいと思ってる。
出来たら、海の見えるところがいいな、バチカルの近くがいいの。」
「・・・はグランコクマ出身じゃなかったのか?」
返事が来るとは思わずに、驚いてアッシュを見る。
私は頷いた。
「でも、バチカルがいいの。貴方がいつかバチカルに戻るとき、近くがいいのよ。」
「・・・俺は・・・。」
戻らない。そう言うのはわかっている。
でもこれは私の希望。
いつか、貴方がお家に帰れればいい、もう一人の彼、否、弟と呼ぶべきか。
仲良くしていければいい。
いいえ、きっと出来る、あなたたちならきっと出来るわ。
「独り言だから気にしないで・・・なーんて、遺言みたいで最悪ね・・・。
ごめんなさい・・・アッシュを困らせたいわけじゃないのよ。」
「・・・別に、それぐらいしてやるよ。」
「戦友として、是非お願いするわ。」
「・・・ああ。」
二人とも、またそれぞれ自分の作業に戻る。
いつもの事だ。
レプリカに一度も会えなかった。
私は会いたかった、私の片割れ、私の妹。もう一人の私で、私とは全くの別人。
手術のせいで記憶が混乱している、と医者に説明してもらった。
記憶の刷り込みを頼んだから、多分、私に近い私になってくれると思う。
不思議と、嫌な気持ちにはならなかった。
私は彼女に託したいのだ、私にできなかった親孝行を・・・。
アッシュは本当に優しいから。
私を責めなかった。
死ぬな、とも言わなかった。
だから、私は幸せなのだと思う。
恵まれているのだと思う。
死ぬことが怖く無いのは、自分が満足をしているからだ。
もちろん、完全に満足がいくことは無いかもしれないけれど。
こうして穏やかなまま死ねるのならば、それはきっと、幸せなのだと思う。
願わくば、彼に穏やかなる生が続かんことを。
もし、叶うのなら、幸せだと、思える術を見出して欲しい。
貴方もまた、ひとりではないから・・・。
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2006/1/23
こういう生き方も有りかなぁ、と温めていたネタです。でも結局はハッピーエンドじゃないですね(´▽`)
ヒロインは、アッシュは死なないと信じて死にます(今回のヒロインはまず、確実に死ぬという感じで・・・)
アッシュは、ヒロインが確実に死ぬと知っていて、何も言いません。
そういう優しさもありだと思います。これがルークだと、止めさせたいなぁ、と思います・・・私的には。
どっちも優しい子なので・・・まぁ、大好きなんですけどね・・・!(じゃあ幸せな夢書けよ!)
うちのヒロインは、生への執着心が薄い子が多いですね・・・、書いている自分で言うのもなんですが・・・。