020. 大佐









周辺の見回りを兼ねた自主鍛錬が終わるころには、大分日が落ちていた。
夜、グランコクマは穏やかで、水音が昼よりも大きく聞こえるようだ。

丁度城の前に差し掛かった時、前方に人影が見えた。
夜でもわかる、赤い瞳。

「こんばんわ、カーティス大佐。」

静かな夜ですね、と声をかける。
それに対する返事の変わりに、大佐はため息をついた。

「いい加減、その呼び方は止めて頂きたいですね。」

「そうはいきません。私は一般兵で、貴方は大佐ですから。」

「確かにそうかもしれませんが、今は構わないでしょう?」

今、というのが夜のことなのか。
場所が軍部じゃないということなのか。
あるいは、こうしたプライベートなことだからなのか。
私はそれを明確に掴めなかったが、首を横に振った。

「誰がどこで聞いているかもわかりませんよ。」

私の頑固な態度に、大佐はやれやれ、と呟いた。

「やはり、を軍に入れたのは間違いでしたね。」

「大佐に断られても、コネで絶対に入りましたけど。」

「・・・。」

「・・・。」



私が軍に入ったのは、この国が好きだからだ。
コネというのは、陛下のことだ。
私と陛下は遠縁の親戚で、ケテルブルクに陛下がいらっしゃったとき、遊んで頂いた記憶がある。
偶然別荘に長期滞在することになっていた私は、それがとても楽しかった。
退屈な日々に色をくれた人を、その人の国を守りたいと思う。

最も、陛下に対するこの気持ちは恋愛感情では無い。
私には兄がいたから、兄に対するものに近いのだろう。



「でも、懐かしいですね。大佐や陛下と遊んで頂いたこと、昨日のように思い出せますよ。」

「貴女は本当に、お転婆で世話が焼けます。」

「今もですか?」

ます、という言葉にひっかかって尋ねれば、

「ええ、今もですよ。」

と返ってきて、私は笑った。

「大佐。」

「・・・。」

私は笑いながら、大佐と呼ぶ。

「無視ですか、大佐。」

「・・・。」

「カーティスさん。」

。」

「あ、怒りました?」

「まったく。」

「ごめんなさい、ジェイドさん。」



謝りながらも、私は笑いがこぼれる。
私が優位にたてるのは、こんなやりとりをするときくらいだ。
最も、優位に立ってる、と言い切れないのだけれど。



「迎えに来て下さらなくても、今日は天気も良いですよ?」





空を見上げれば、星がいっぱいで美しい。
以前、傘を持たずに自主鍛錬に出かけて、雨に降られたことがあった。
まだ夕方でそれほど暗くなかったが、雨には参ってしまう。
上着を頭に被って走って帰れば傘を持って大佐が入り口で待っていた。





「ちょっと気が向いたんですよ。それより。」

「はい?」

「手を見せて下さい。」

大佐が右手を差し出すので、私は素直に自分の右手を重ねた。
重ねた手を裏返して、やれやれ、と言う。

「貴女は柄を握るとき力を入れすぎですよ。」

「・・・すみません。」

マメ。
私は他の上官にも注意されたことがあるが、剣を握るとき、無意味に力む。
気合が入っていると言えばそれまでだが、一概にそうではない。
無意識で、手に力を入れすぎる。
拳を握ると、時々手の平にツメが食い込むことがある。
正直、褒められた癖ではない。



「私では傷を治してあげることは出来ませんからね。
気をつけて下さるとありがたいのですが。」

「・・・はい、なるべく・・・。」

心配してもらっているのが良くわかる分、申し訳ない。
多分、この癖は一生直るものではないだろうから。

「無理をさせたいわけではありませんよ。
貴女に自分の体に傷をつけて欲しくないだけです。
過去は・・・変えられないですからね。」

その言葉の重みを受け取って、私は黙るしかなかった。
大佐の過去は、大佐からお話を伺っていた。
私の過去も、大佐は知っている。
私の兄は戦死だった。
軍人としてそれが当たり前だとわかっていても、
私は中々それを受け入れられずにいた。



でも、そんな自分も嫌で、変わろうと思った。
まず、知ろうと思った、今を、この国の現状を。
女だからという引け目はなかった、根っからの軍人ばかりの家庭だった。

「貴女が将来何になっても構わないけど、軍人の家に生まれたことが誇りになって欲しいわ。」

母の口癖だ。

大佐を説得するのは大変だったけど、条件付で許可をもらえた。
必ず月に数日は家に戻ること、が条件だった。
私の母は体が弱いので、それを気遣ってのことだと、知っている。

「貴女は女性ですから、体調面においても毎日来る必要はありません。
足手まといはごめんですから、必ず約束は守るように。」

確かに、その通りだけど、これは大佐の優しさだと、私は思っている。




「大佐。」

私の手を握っていた大佐の手を、私は握り返す。
少し冷たい、大佐の手。

「私が他の上司を肩書きで呼ばないのは、
彼等がまだその肩書きに相応しいか見極めきれていないからですよ。」

今のところ、私は大佐しか、認めていないんです。
偉そうな言い方かもしれませんけど。
私はまだ大佐しか、尊敬出来る軍人を知りません。
マクガヴァンのおじいさまを除いては。

そんな風に付け足せば、大佐は笑って、

「知っていましたよ、もちろん。」

と言うのだから、お手上げだ。
この人はどこまでも、お見通しなのだから。

「ただ、少し貴女で遊ぼうと思っただけです。さぁ、戻りますよ。
陛下にバレたら怒られるのは私ですからね。」

「はーい。」



さっさと先に軍部に向かう大佐の後を小走りで追いかける。
陛下に対する感情が、兄に近いのは知っている。
大佐に対する感情は、憧れ、多分、好きも、兄に近い感情も。
全部がごちゃごちゃなのだと思う。



憧れと恋を履き違えることはしたくない。
見極めるためにも、私は軍に入ってよかったと、思っている。
今はただ、この人の背中を追うだけで、十分なのだけど・・・。










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2006/1/16

うちのヒロインは本当に、背中を追いかけるのが好きですね・・・。
性格はどちらかというとプッシュ型なんですが、前から引っ張るより、背中を押すパターンが多いです。(謎)
いつか捏造陛下の妹→ジェイド夢も、書く予定です(笑)ギャグの予感が(笑)