015. マルクト帝国
「・・・!!」
バンっと、珍しく荒々しい音がして部屋の扉が空いた。
こんな音で扉が開くのはお兄様が何か大変なことを聞いた時だけ、だ。
「へ、陛下!いくら何でも困ります、様はまだ御召替えの途中ですわ。」
メイドが入り口でお兄様を止めようと騒いでいるのがわかる。
御召替えなんて言っても、別に裸というわけではない。
下着くらい着ている。
それに、私達は兄妹だ。
「構いません、それから、悪いけれど席をはずして頂戴。後は自分で出来ますから。」
そういうと、メイド達は渋々下がった。
「・・・お前、何を考えているんだ?」
珍しく、怒っているのがわかった。
私はうろたえない、知っていたのだ、お兄様が来るということを。
別段何も変わらないように、着替えを続ける。
「何のお話だかわかりません。」
「とぼけるな。」
「・・・。」
「お前本当に承諾する気なのか?相手がどんな男か分からないんだぞ?」
結婚の話だ。
今持ち上がっている結婚の話。
お兄様がいい加減結婚しないのに困りきった元老院が下した決断。
私が結婚し、子供を生めば、世襲制が崩れずにすむ、最も良い選択。
「別に、私は決められたことに従うだけですよ、お兄様。」
「!」
「もう・・・いいじゃないですか。」
私は俯いた。
だって、こうするしか方法が無いんです。
こうしなければ、私は諦めがつかないんですよ、お兄様。
全部、全部、私が、自分のためにする我侭なんです。
この国のためでも、お兄様のためでもない、ただの自己満足。
「・・・それに、お兄様にとやかく言われたくありませんわ。
私が決めたことです、ですから・・・。」
「いい加減にしないか!」
続きはお兄様の怒鳴り声にかき消された。
こんな風に怒鳴られたことなんて一度しかない。
ケテルブルクに居たころだ。
好奇心旺盛な私は一人で町の外に出かけて、モンスターに襲われた。
私が勝手に出かけたことに気付いたメイドが大騒ぎをして、
探しに来てくれていたお兄様やジェイドさんに助けてもらった。
「!」
「・・・おにいさま・・・」
「まったく・・・何を考えているんだ!」
「ご・・・めんなさ・・・。」
私はその後大泣きして、よく覚えていないのだが、
どれだけ心配したと思ってるんだ、とお兄様に抱きしめられた時。
私は心底安心した。
多分、これが最初にお兄様を意識した時だと、私は思っている。
「・・・身分なんて気にせずに、お兄様が結婚なされば良かったんですわ。」
「・・・。」
「もう決めたんです。だから話は終わりです、もう出て行って下さい。」
お兄様は動かなかった。
「じゃあ・・・どうして泣いてるんだ、。」
その、苦痛を伴うようなお兄様の表情。
それは、ケテルブルクで、あの時に見たものと同じだった。
否。
私とお兄様との関係は変わってしまっているけれど・・・。
同じ部屋で遊ぶことも出来なければ、同じベッドで寝ることも出来なくなった。
手を繋いで散歩にでかけることも、お兄様に抱きしめてもらうことも出来なくなった。
私はそれを知っていた。
でもその日が来ないことを祈ることしか出来なかったし。
祈っても必ず来ることもわかっていた。
早く大人になりたい?
とんでもない・・・大人になんてなりたくない。
時間は止まってはくれなかった。
お兄様は当然の如く即位され、グランコクマに戻った。
私もそれに伴って城に戻った。
別荘に居たころは放任状態。
見向きもしなかったような貴族達に仕事を押し付けられるお兄様。
一人ですることも無い私。
「お兄様は私がどうして泣いているか、ご存知でしょう?
酷いですわね・・・そうして聞くなんて。」
「・・・。」
「おにいさま、大きくなったらと結婚してください。」
「わかった、わかった。」
ぽんぽんと、頭を撫でられた記憶。
子供だましだと、後になって気付く。
私は幼かったのだ、否、今も幼いのだろう。
「私がここに居れば、いずれお兄様と誰かが結婚なさるのを見なければなりません。
そうなるくらいなら、いっそ、私が先にこの家を出た方がいいのです。」
「!」
「私が居なくなっても、大して変わりはありませんわ。」
「・・・そんなことあるわけ無いだろう。」
いいえ、どこに居ても同じこと。
私とお兄様の、兄と妹という距離は永遠に変わらないのだから。
「いっそ、血が繋がっていなければ良かった。
失礼かもしれませんが、レプリカだったら良かったんです。
お兄様の妹でなければ良かったんです・・・いいえ。
お兄様の妹であった私を否定するつもりはありません・・・。
そう、ただ・・・っ・・・。」
そこまで言って、私は涙が止まらずに唇を噛んだ。
「25年間お世話になりました。
私が生涯愛したのはお兄様、只一人です。
さようなら。25年間、お兄様と一緒に居られたことだけは忘れませんわ。」
もう二度と、これからも、誰かを愛すなんてことは無い。
結婚して、子供を生んだら、どこか遠くへ移り住もう。
これ以上、自分が悲しまないための、自分勝手な決断。
背中を向けて黙って泣いていると、背後でお兄様が動くのがわかった。
ギュっと、抱きしめられた。
我慢していた涙がポロポロとこぼれるのがわかった。
「・・・御戯れは・・・結構・・・ですわ。」
泣いているせいで、言葉が繋がらない。
お兄様の腕は動かなかった。
「・・・約束・・・守れなくて済まない。」
「っ・・・。おにいさまの・・・ばか・・・。」
昔の様に声を上げて泣いた。
何も変わってない。
昔のままだった。
その時だけ、昔のままのお兄様と私だった。
私がただ一人愛した、お兄様。
さようなら。
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2006/1/18
な、泣けませんよね(苦笑)完全な悲恋です。ギャグでもなく、完全な悲恋。
陛下で何か書こうと思って、浮かんだのがまずこれでした(痛い)
あ、別に最後のさようならは、死なないので、(多分)そういうわけでは無いのですが・・・。
ヒロインはこの国のために嫁ぐのではなく、陛下がを好きでもない女と結婚するのを、
自分も見たくないし、そうなって欲しくないから、切り札として自分が先に嫁いで子供を残そうというわけです。
(退位?に近いんですかね、まぁルーク母と同じ立場ですな。)
ちょ、ちょっとダメな姫かもしれませんが(;´Д`)
私はこういう姫がいいかなぁと、もちろん、国のために命だって捨てる的な意気込みの姫も大好きですが。
今回はこんな感じで。・・・捏造しすぎましたが、自分では一応この設定が気に入っています(悲恋なのに・・・。)
背徳を忘れてくっついてしまえばいいんですがね(爆)<ダメだっつーの